大阪高等裁判所 昭和43年(ネ)1519号 判決
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〔判決理由〕一、本件家屋が控訴人の所有に属すること、控訴人が昭和三四年七月二〇日右家屋を訴外中田初雄に賃貸したところ、同人が昭和三八年一二月八日死亡したこと、中田初雄の相続人が妻である被控訴人中田きみえ、長男である被控訴人中田芳明のほか、長女川崎敏枝、次女西田加代子、次男中田敏雄および三女中田君代の計六名であることは、いずれも当事者間に争がない。
二、ところで、控訴人と被控訴人きみえとの間の生野簡易裁判所昭和三九年(ユ)第三五号家屋明渡調停事件において、昭和三九年六月二六日、控訴人が被控訴人きみえに対し、控訴人・中田初雄間で昭和三四年七月二〇日作成された建物賃貸借契約公正証書に基づき、本件家屋を引渡き賃貸すること等を内容とする調停が成立したことは、当事者間に争がなく、控訴人は、右調停成立の際に、遺産分割または被控訴人きみえ以外の相続人の相続持分権の放棄によつて、被控訴人きみえが単独で本件家屋の賃貸人となつたと主張する。<証拠>を総合すると、控訴人は、昭和三九年春頃、生野簡易裁判所に対し、被控訴人きみえ、同芳明を相手方とし、賃借人である中田初雄が死亡したことを理由として、家屋明渡の調停申立をしたこと、右調停期日は、昭和三九年五月二一日から同年六月二六日までの間に計五回開かれ、被控訴人きみえは、第二回ないし第五回の各期日に出頭したが、被控訴人芳明は、第二回または第三回の期日のうち、いずれか一回出頭したのみで、その後は裁判所からの呼出がないまま出頭しなかつたこと、当時本件家屋には被控訴人芳明が妻である被控訴人ミツ子および子供とともに居住していたが、調停の途中において被控訴人きみえから被控訴人芳明らが中田初雄の遺産である家屋に移り、被控訴人きみえが敏雄および君代とともに本件家屋に居住するから同被控訴人だけの名義にしてほしい旨の申出があつたので、控訴人は、第四回期日が開かれた同年六月二二日、被控訴人芳明に対する申立を取下げ、控訴人と被控訴人きみえとの間で、同月二六日調停が成立するに至つたこと、右調停は、賃料支払方法に送金払を加え、無催告で契約を解除しうる場合として従前の賃料一回分の延滞を賃料二回分以上の延滞に改める等ごく一部の契約条件を変更したほかは、控訴人・初雄間の従前の契約をそのまま踏襲するものであつたことがそれぞれ認められる。しかしながら、当時共同相続人六名の間で初雄の遺産分割の協議等が行なわれ、または被控訴人きみえ以外の五名の共同相続人が相続持分権を放棄したことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、当審における被控訴人きみえの供述によれば、同被控訴人は、前記のような申出をするについて、川崎敏枝と西田加代子に対しは、同人らがすでに結婚し他に居住していたので、とくに相談をしなかつたが、被控訴人芳明および同居していた敏雄と君代に対しては、あらかじめ賃料の支払名義人を自分にしておく旨伝え、同人らがそれを承諾したことが認められるが、右事実のみからただちに遺産分割等により被控訴人きみえが単独で本件家屋の賃借人になつたものと断定することは困難であり、さらに、当審における被控訴人きみえ、同芳明の各供述によれば、初雄の遺産である前記の家屋は、本件家屋のすぐ近くにあり、被控訴人芳明は、商売上の必要からこれに移ることにはしたが、本件家屋にも家財道具を置いていて、被控訴人らおよび敏雄、君代は、常時両家屋を往来している実状であり、被控訴人芳明が完全に本件家屋から退去してしまう趣旨ではなかつたものと認められるから、前記調停当時被控訴人芳明が本件家屋から初雄の遺産である前記家屋に移ることが予定されていたという事実を勘案しても、同被控訴人が本件家屋の賃借権に対する持分を放棄したものとは認めることができない。したがつて、本件家屋の賃借権は、初雄の死亡により、前記共同相続人六名がこれを承継したものというべく、また前認定の事実からすれば、前記調停は、控訴人と被控訴人きみえとの間であらたな賃貸借を締結したものではなく、単にその間において初雄から承継した賃借権の内容に若干の変更を加えてこれを確認したにすぎないものと解するのが相当である。なお、被控訴人らは、被控訴人きみえのみを賃借人とする調停は無効であると主張しているが、右調停は他の共同相続人の賃借権に影を及ぼすものではないから、これを無効ということはできず、また被控訴人らは、右調停は被控訴人きみえが初雄の死亡により賃借権が消滅したと誤信したことにもとづき成立したものであるから無効であるというが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。(岡野幸之助 宮本勝美 大西勝也)